「障害を負わなければ稼げていたはず」の年収
後遺障害逸失利益の計算要素のひとつ、「基礎収入額」について説明します。
「基礎収入額」とは、「障害を負わなければ稼げていたはず」の年収といった意味あいです。
前年の収入とかから妥当な推定ができる場合もありますが、うまく行かない場合もあります。
例えば、非常に優秀で高収入の人が、たまたま失業していた時期に事故にあったら、「基礎収入額」は低くなるのか、といったことです。
月収や年収の変動の激しい人の場合も、どの期間で測るかによって年収は大きく変わってしまいます。
こうした問題について、職種別に判例が蓄積されているので、そのエッセンスをご紹介します。
事例は主に「赤本(※)」から抜粋しているので、正確な情報が必要な場合は原本を参照してください。
※「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」 弁護士が賠償請求額を決める時に使うバイブル
1.有職者
1)給与所得者
事故前の収入を基礎収入額とするのが大原則です。
ただし、現実の年収が賃金センサス(平均値の資料)以下の場合、平均賃金が得られる蓋然性があれば、それを認める。
若い人の場合、これから昇給していくことも加味しないと逸失利益が不当に低くなってしまいます。
そのため、若年労働者の場合は全年齢平均の賃金センサスを用いるのが原則です。
それでもまだ直近の収入がたまたま低かったというケースは生じるので、救済する判例がたくさんあります。
そういう場合もあきらめずに、弁護士にしっかり交渉してもらいましょう。
- 事故時は親の寺で副住職をし、年収350万円だった男性。弟が大学卒業後は寺を離れ、専門職・研究職に就職する予定だった。学歴は大学の理工学部博士課程前期卒業。蓋然性はるるとして、賃金センサス全年齢平均から671万円を採用。
- 44歳の派遣社員で直近3カ月の収入は62万円。過去には高収入だったこともあり、44歳なら再就職の可能性もあるとして、賃セの7割を採用。
- 34歳の銀行員。同期入社社員の上昇率5%を参考に、症状固定時の推定年収を740万円と認定して、60歳定年まで認めた。
- ラーメン屋の住み込み店員。給与は10万円ほどだが、独立を目指して2000万円以上貯蓄。以前は月収30万程度だったことなどを考慮し、賃セ中卒全年齢平均308万円を採用。
- 脊柱変形の消防士。学歴は高卒だが、事故前年の年収は大卒年齢別平均を6%上回っていたので、賃セ大卒全年齢平均の6%増しを採用。
- 月給15万円の宮大工見習。事故後に転職してからの年収が400万円くらいあるので、賃セ女性大卒全年齢平均の423万円余りを認めた例。
2)事業所得者
自営業者、自由業者、農林水産業者などは申告所得を参考に決めます。
しかし、これにも問題がある場合があります。
節税のために色々な経費を損金計上して、所得を実際より少なめに申告するのが普通になっているからです。
「自分でそう申告しているのだから仕方ない」で済ませれば、被害者救済の観点からは大きな問題が生じます。
そこで申告額が実収入と異なる場合は、実収入を基礎とするルールになっています。
また、所得が資本利得や家族の労働の総体の上に形成されている場合、本人の寄与度という尺度を取り入れて算定します。
現実収入が平均賃金以下の場合、賃セが用いられることもあります。
- 事故後に建築事務所を独立開業した一級建築士。男女差のない職種と捉えて賃セ男性大卒年齢別平均を基礎に採用。
- 個人事業主の塗装工。申告所得額は136万円だったが、実際の経費は通信費・消耗品程度として、年収から5%の経費を控除した573万円を採用。
- 従業員10名の建設自営業。申告所得の161万円は収入5160万円に対して低すぎるとし、賃セ男性学歴計50~54歳の687万円を採用。
- 事故前は確定申告をしていなかったホストに対し、賃セの採用を認めた例あり。
- 開業1カ月後に事故に遭い、3カ月後に廃業した居酒屋。前職の貿易会社勤務時代の収入を参考に算定。
3)会社役員
会社役員の収入は労務対価と利益配当から構成されます。
役員であるが、実務もしている場合、労務対価の部分があり、それは基礎収入に認められやすいです。
一方、利益配当の部分は認められにくい。
つまり、役員会のメンバーであるだけで実務をしていないなら、非常に少なくなる可能性があるということです。
判例を見ると、実力のある実務者や経営者は報酬のかなりの部分が労務対価と認められる傾向にあるようです。
収入の内訳で労務対価と利益配当がはっきり線引きされていない場合も多いですが、周辺事情から推定します。
- 土木施工管理会社の役員。社員は妻だけで、被害者が実務をすべてしていたことにより、役員報酬月100万円を全額労務対価と認定。
- ITコンサル会社社長。事故後に迅速な対応が不可能になり、売り上げが大幅減少。これにより、事故前の年収3720万円の80%を労務対価と認定。
4)高齢者
- 材木仕入れ業の男性。申告所得は170万円だが、妻と孫2人の4人暮らしで年260万円の債務返済もしていたことから、385万円を5年間認めた例。
- 年収62万円のシルバー人材センター勤務の男性。妻は745万円の収入があり、そこには夫の寄与もあったとして145万円を基礎に、平均余命の1/2認めた例。
2.家事従事者
家事従事者(主に専業主婦を念頭に置いている)は実収入はないわけですが、家事も労働として基礎収入を認めることが定着しています。
賃金センサスの産業計、企業規模計、学歴計、女性労働者の全学年計の平均を使用するのが一般的です。
これは昭和49年の最高裁における判例が基準になっています。
有職主婦の場合、実収入と賃セの高い方を取ります。
両方は認められにくいですが、下記のようにいろいろな事例があるので、弁護士に交渉してもらいましょう。
- パート主婦。賃セ女性全学歴全年齢平均341万円でなく、35~39歳平均389万円を採用。パート収入を考慮して。
- 妻が家業を継いだため、専業主夫をしていた50代男性。賃セ女性学歴計全年齢平均352万円を採用。
- 婚約中に事故に遭った女性。専業主婦となる蓋然性があったとして、賃セ30~34歳平均371万円を採用。
家事従事者が高齢でも認められた例がたくさんあるので、あきらめないでください。
- 1級の90歳の女性。賃セ女性学歴計全年齢平均351万円の1/2を基礎に、平均余命の1/2を認めた例。
- 71歳の有職主婦。25万円の月収があったことも考慮し、賃セ343万円を採用。
- 子および二人の孫と同居し、掃除・洗濯・炊事をしていた75歳の女性。賃セ女性学歴計全年齢平均の80%284万円を採用。
3.無職者
1)学生・生徒・幼児等
賃セの産業計・企業規模計・学歴計・男女別全年齢平均が基本です。
女子年少者の逸失利益は、女性労働者の全年齢平均ではなく、男女計の全年齢平均を使うのが一般的です。
- 中学生の被害者。高校に進学し、大学進学を希望していることから、賃セ大卒全年齢平均612万円を採用。
- 学業優秀だった女子予備校生。賃セ女性大卒全年齢平均を採用。
- 警察官採用内定の大学生。警視庁警察官の年収は大卒平均の1.2倍であることを考慮し、賃セの1.1倍を認めた例。
2)高齢者
就労の蓋然性があれば、賃セの産業計・企業規模計・学歴計・男女別全年齢平均が基本になります。
3)失業者
労働能力と労働意欲があり、就労の蓋然性がある人は、失業していても基礎収入が認められます。
基本は失業以前の収入です。
ただし、それが平均賃金を下回っており、かつ平均賃金を得られる蓋然性があれば、男女別賃セが採用されます。
- フリーターの被害者。休業損害は否定されたが、就業意欲はあるとして、賃セ学歴計25~29歳の8割323万円を採用。
- 29歳無職の女性。賃セ女性全年齢平均の70%が当初採用されたが、家事に従事していたこと、就職を希望していたことなどから、控訴審では100%が認められた。
- 高校時代にうつ病を発症し、大卒就職後も職を転々としていた47歳の被害者。うつ病は治るものであるとして、賃セ男性大卒全年齢平均の7割を認めた例。